海猫沢めろんインタビュー「自意識という病から脱け出して、ゆるく生きるために」
健康とくらし
2017年03月16日掲載
自分以外のことに意識を向けて没頭するとラク
――心の自由を得るためには、どうするのがいいと思われますか?
僕の人生のテーマは「偶然・遊び・自由」です。遊びは、没頭しないと遊びになりませんよね。人から「今から30分間、毎日ゲームやってください」って強制されたら、絶対イヤになると思うんです。つまり、強制のないところで自由に遊ぶということは、何かしら体を使っているということ。没頭している時は、自分に意識はありません。それに、ゲームはある程度偶然要素がないと面白くない。そんな偶然とたわむれているときに、ふっと自由になるんでしょうね。
ゲームはメンタルにいいんです。本人の自己管理が行き届いている場合は、ゲームがストレス軽減に役立つという研究結果はいろいろなところで出ている。僕はパチンコもそういう効果があると思っていて。
以前、末井昭さんという元編集者の方と対談したことがあるんですね。末井さんご自身もうつになった経験をお持ちなんですが、その方が「写経とパチンコはうつにきく」とおっしゃっていました。釣りも似ていますが、自分はじっと止まっているけど、視線の先でボーっと見続けられるような何かが動いていると、意識がそっちにいくんですよね。意識を違う場所に置くことが重要で。
写経も同じで、自分ではないものに没頭するということだと思うんです。たとえばダンスはリズムにあわせて体を動かしますが、外部の規則に身体性を合わせると起きる快楽のようなものが人間にはあると思っていて。写経も同じで、決められたものに合わせて作業し、それがうまくできたときの達成感がいいんじゃないかと思います。パチンコも、球が動くのを眺めるのが良いようなのですが、ハマりすぎないようにしないとマズいですね(笑)。
――『明日、機械がヒトになる』のなかでは、自分が動くことが幸福度につながる、ということも書かれていましたね。
日立が行っている幸福度の研究ですね。1秒間に何十回もデータを取るようなセンサーを開発して、それを人につけてデータをとるんです。すると、人間の幸福と活動には相関関係があることがわかった。人間は動けば動くほど、幸福度が上がるらしいです。
また、サポートセンターで働く人の効率が、日によって違っていたということで、そこで働く人にセンサーをつけて調べてみたそうです。すると昼休みに誰かと会話をしていたかどうかで違いがあったと。人間は案外原始的な生き物で、コミュニケーションをとると幸せになるらしいんですよね。動くことと、幸せや心の健康は関係があるという話でしたね。
――心の健康のためには、できるだけ外出したりコミュニケーションをとったりしたほうがいいんでしょうね。
でも、そう言われても、やらない人はやりませんよね。そのセンサーで調べてみたら、人間の活動には「予算」があることが分かったそうなんです。たとえば1日につき仕事は何分まで、運動は何分までと決まっていると。つまり「宿題ができない」とか「この仕事を終わらせられなかった」という理由は、活動予算を超えてしまったことに原因があるかもしれないんです。もし自分の活動予算があらかじめ分かっていれば、今日はこれを何分やろうっていう配分が効率よくできるようになると思います。
ただこれは、いろんな人のデータをとらないと分からないんじゃないかと思っています。おそらくこれは健康な人を基準にしたデータかと思うので。うつになった人は物理的に動けないですからね。きっと活動予算があってもできません。精神状態が悪くなった時はまた変わってくるんでしょうね。
意識を自分以外の何かに向ける
――漫画家の田中圭一さんは近著『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』で、毎朝起床時に自分をほめるようにしたらしいです。そうすると自分で自己肯定感が高められるそうで。
それは僕もいいと思いますね。『明日、機械がヒトになる』にも書いたんですが、慶応義塾大学で前野隆司教授が、幸福学の研究をされているんですね。人はどんな時に幸福になるかを学術的に研究されているんですが、その中のメソッドとして、「自分の行動を毎日書き出して、点数をつけ、できたことをほめると幸福度はあがる」というものがあるんです。
僕もそれをやってみたんですね。自分では他人と会うのは好きじゃないと思っていたんですが、人と会った日だけは妙に幸福度が高いんです。実際に書き出していくと、案外細かいことで快感を覚えていることがわかるんですよね。
たとえば、僕は料理をつくるのが好きなので。献立を考えて、1週間分まとめ買いして、食材が余るとそれをいかに全部使い切るかに喜びがあって(笑)。そういう細かい日常の喜びというか、自分をほめるべき点っていうのは、本当に些細なこと。だからメモらないと忘れちゃうし、忘れると夜には「今日も地獄のような1日だった」ってことになっちゃうんですよね(笑)。
――行動を書き出すというと、モーニングページという方法もありますよね。朝起きたら、ノートに心に浮かんだことをとにかく書き出していく、というものです。
モーニングページは僕の友達もすごいおすすめしていて、それで非常にメンタルが良くなった人もいますね。論理的思考をして、頭の中に次々と言葉が浮かでしまうような人にはすごくあっているのかもしれません。書いているうちに、「意識」がだんだん手を動かすほうにシフトしていくんじゃないでしょうか。すると頭の中がリサイクルされる、ゴミ箱の中に思考を捨てている、そういうイメージなんだと思います。
――やっぱり、自分を外部化するということが、心の健康のためにはいいんでしょうか?
そうですね。ドストエフスキーは『地下室の手記』という作品で、自意識というのは少なからず病的なものだと言ってるんです。『地下室の手記』は自意識をこじらせまくった主人公が延々と独白する話なんですが、確かに病的なんですよ。自分について考えるためには相応の体力が必要なんです。「意識」を自分に向けるのではなく、自分以外の何かにもっていく時間を持つことがいいのかもしれませんね。
心の健康、体の健康、自由になること……幅広いテーマについて、真摯に答えてくださった海猫沢めろんさん。もし今、生きることに疲れていたり悩んでいたりするなら、自分を見つめ直そうと頑張りすぎずに、「自分」の意識から少し離れてみるきっかけをつくってみては。風景を見たり、運動したり、遊びに没頭してみたり。めろんさんの「頑張って生きるのが嫌な人のための本」から、そのヒントを得られるかもしれません。
若い友人を自殺で失った経験から、自分にこだわりすぎない心の自由を得るためのヒントを探った本。
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